夕焼けが周囲を赤く染める中、その街はより紅く燃えていた。

 

「来ないで……来ないでよお……」

 街を蹂躙する異形の怪物達は、人々の血肉をただ欲望のままに貪るのみ。そしてまた一人、少女がその牙にかかろうとしていた。

 

「オオオオォォォォォォ……」

「いや……いやっ――!」

 自らの末路は闇あるのみ、そこから行う事の出来る抵抗など高がしれたもの。それでも精一杯の抵抗――ただ顔を手で覆うのみ、少女は恐怖から逃れようとした。

 

 

 時が止まったかのよう――少女はふと顔を上げた。痛みすら無いまま死を迎えてしまったのか――しかし顔を上げると、そこにいたのは異形の怪物では無くなっていた。

 代わりにそこにいたのは……

 

「大丈夫かい? 君、立てる?」

 少女は、その手をとり、立ち上がった。

 

 

  *

 

 

 平和に見える国にも、知らない場所に危機が迫っている事がある。その国にも数多の危機の予兆は存在した、例えば……国の転覆を目論む一人の男の存在、など。

 

「分かりました。要は、それの出元を探って、断てばいいのですね」

 男としては若干長い、その黒い髪を一切揺らす事無く彼は淡々と確認を行う。その前に立つ人物はそれに頷くのみであるが、どちらにしろ言葉の必要な所では無い。

「それでは、その……邪結晶とやら、叩き潰してやりましょう。終焉の名の下に……」

「期待しているぞ……我が新たなる建国のためにも、邪魔な物は排除せねばならん」

 男の言葉に、青年は踵を返した。

「我が理想たる失楽園――その上位戦力たる『エンドライン』。君達ならばやってくれるだろう」

 その期待に応えるが是か否か――扉を開く。

 

 

 

 部屋を出ると、彼は自らに与えられた「任務」を遂行するための準備に取り掛かろうとする――第一の行動は、何を準備すべきかを考える事。しかしそれは唐突に止められる事となる。

「ネーヴェ、やけに難しい顔をしているけど、どした?」

「ん?」

 彼は――ネーヴェは、親しげに話しかけてくるその青年に顔を向けると、僅かに口元を引き下げた。呼びに行く手間が省けた――彼は自らに投げかけられた問いに答える事は無かった。

「アウル。他の二人も呼んで中央広場に集合。任務だ、詳細な話は後で……ああ、それと槍を磨いてから来るといい」

 淡々と自らの言いたい事のみを口にする。アウルの、え、という言葉を背にして、彼は自室へと向かった。

 

 

「邪結晶……全く、面倒な物を」

 自室に入ると、ぶつぶつとぼやきながら彼は必要な物をどんどん手に取り、鞄に詰めていく。彼がその準備を整えるのに数分と掛かりはしなかった。

「しかし、俺は何故こんな事をしているのやら」

 目的すら見誤りそうだ――そう呟くも、誰もそのような事は知りはしない。そうしながら部屋の扉を開くと突如高い声が響いた。

「いたっ!」

 ネーヴェの視界、扉の外に一瞬黒い布が見えていた。彼が驚き外に出ると、不機嫌そうな顔をした、何となく幼さの残るような女が立っていた。扉に当たったのだろう、運の悪かった女はネーヴェをキッと睨みつけると声を張り上げる。

「気を付けなさいよ! ドアを開ける時はまずノック!」

「それは入る時――いや、すまない」

 ずれた指摘が気になるが、まあ悪かったのは自分であると納得して終わり、一言詫びる。女もそれ以上噛み付くような事は無く、身に着けた黒衣をはためかせながら立ち去って行った。

「やれやれ、気を付けないとな」

 勝手に設定した待ち合わせ場所に行くべく彼も歩き出す。ふと後ろを振り向くと、先程の女はまだ見えている。

「……」

 彼にとってその女が少し気になったのは、一種の未来予知だったのかもしれない。当然ながら彼はまだこの先の事を何も知らないのだが。

 

 

 ネーヴェは壁を背に広場に据えられた時計の針の動きを眺めていた。その向こうから先程要件を伝えた人物が見え、彼は歩き出した。遠くからでも見間違えることは無い、その青年は背に長い槍を背負っていた。街中ゆえに、その刃先にはカバーが付いているが。

「それで、任務っていうのは?」

 その場所に四人が集まったのはあの僅かなやり取りから二時間近くが経過してからであった。それについてネーヴェが何か言う事は無かった、むしろそれは彼らからすれば早い部類だった。

「最近、取るに足らない子悪党を相手にしてすら国の騎士団が苦戦しているようだ」

 

 彼らの立つ場所はその街にそびえ立つ城の正面。この国――アエテルタニス王国の首都、その中央広場。建国の英雄像を背に、ネーヴェは仲間達に話し始める。

「時にはただの野党相手に一個師団が壊滅寸前になったとか……まるで冗談みたいだと思わないか?」

「そうだな……全く、この国の騎士団は地に堕ちたか?」

 四人の中で唯一の女性――そして唯一鎧を着こんでいる人物が呆れたように手を顔に当てている。

「私が代わりに騎士団を担ってやろうか……そうなればまずは雑兵の鍛え直し、それに――」

「ライザ、プランを立てている所すまないが、別にこの国の騎士団が弱いわけじゃない。ただ、その時は相手が悪かっただけの話だ」

 ライザと呼ばれた女性は顔に当てていた手を今度は腰に置く――彼女の興味は騎士団から今度はその「相手」に移ったらしい。一方、アウル、そしてもう一人――纏う外套で表情の見えない男は特に話そのものに興味を持っているようには見えない。

「現在、邪晶石……これは便宜的に呼んでいる物だが、それが俗に言う裏社会で流通しているそうだ。何でも、持ち主に暗い力を与えると言う話で」

「ほう、それを使えば三下すら騎士団を圧倒すると?」

「そのようだ。一応、検証は行ったらしい」

 黙って聞いていたアウルが、そこで口を出した。

「じゃあ、アレか。今回の任務っていうのはその邪何とかを何とかしろって?」

「そういう事だ。邪晶石、だ」

「三下に力を与えるなんて変な物、何とか何とかで十分だと思うんスけどねえ」

 クックッと笑って見せるアウル。外套の男は芝居がかった様子で肩を竦めてみせるが、それは意に介されないようであった。

 

「街の住民にもこれと思しき被害を受けた人物はいるらしい。早急に対処する必要がある」

「しかしネーヴェ。最初に何をする気だ?」

 尤もな質問に、彼は驚いたような顔を向ける。

「何をって……情報収集からに決まっているだろう。まさか、道筋の決められた、不確定要素すら無い簡単な任務だと思ったのか?」

「そうであって欲しかったんだけどなあ」

「敵が強ければ何でも構わんがな」

 アウルはまたクスクスと笑い始めた。逆にライザは過程に興味は無いとばかりに目を閉じた。外套の男の表情は……やはり窺えない。

「その邪晶石っての見た目は……」

「さすがに分かっている。黒い宝石、とだけ覚えておけば後は他の情報と照らし合わせるのみだろう」

 

 その時、彼らの耳にひそひそという声が聞こえてきた。

「ねえ、あの人達怪しくない?」

「何か長い棒背負ってるのと鎧着てるのと怪しいフードか、本当怪しいね」

「騎士団に通報する?」

 

「ところでネーヴェ、何でこんな所に集合したんだ?」

「いや、待ち合わせにはおすすめだって話を聞いてな」

「……話によれば」

 不意に外套の男は口を開いた。思わず他の三人、引いてはそれを見ていた人々もそこを向く。外套の男は低く静かに、しかしはっきりとした声を出していく。

「この広場は別名「愛の交差点」と言い、カップルが待ち合わせを行い東西南北の別々の道から入って合流するとその二人は結ばれるとの言い伝えがある」

 

 

 沈黙が流れる。それを破るまでは数秒以上の間を要し、ようやく出た言葉は。

「関係ねえ」

「そういう事もあるんだよ」

 ネーヴェは苦笑いを浮かべながら歩き出した。周囲の目は、少し彼を憐れんでいたようにも見えた。

 

 

  *

 

 

 与えられた情報は、騎士団の敗北、そして邪結晶なるものの存在のみ。敵の場所は分からない。しかし、野盗というのならば民間人にも被害が出ている事だろうと考え、彼らは幾つかの街を周る事とした。しかし……有力な手がかりが得られたのは、意外にもただの街道だった。

 

「おいおい、誰に許可を得てこの道を通ってんだ? ここは親分の縄張りだぜ」

 如何にもといった風貌の、柄の悪い男達。白昼堂々とナイフを人に突きつけるその行動には、ある意味では驚くべき、なのかもしれない。尤も、これからその男達を待ち受ける事態を知っているからなのだが。

「うっわあ、こんな奴等本当にいるんだ。頭悪そう」

「言ってやるな。私が思うに、群れたいか、もしくは武器を持って強くなったと勘違いしたいか……鎧着ている相手に喧嘩売る時点で馬鹿か無鉄砲か」

 全く焦る事も無く挑発的な掛け合いを行うアウルとライザに、男達の反応は当然の如く――

「こいつら……おい、やっちまえ! 持ち物全部奪って、ついでにぶっ殺してやれ!」

 交渉の余地すら無くし襲い掛かる野盗に、ネーヴェはただ溜息を吐くばかりだった。仲間の挑発もひっくるめて、まさしく面倒事になっていた。

「平和的解決なんて、甘い事を言う暇も無かったな」

 そう言うと、何かを唱え始めた。途端、周囲の気温が落ち込み始める――

 

 

 

「ひ、ひいい」

 情けない声を出して腰を抜かすその姿に、出会った瞬間のような勢いは一切感じ取ることが出来ない。野盗の男は氷の彫像と化した同胞に囲まれ、ただ行いの代償を払わせられるのを待つのみとなっていた。

「俺も武器持ってたんだけどなあ。本物のバカだったかあ」

「言ってやるな」

 無様なその姿に、冷ややかな視線を浴びせながらネーヴェは野盗に問いかける。

「お前は黒い宝石をしっているか? 何でも、所持者に力を与えるそうだが」

「く、黒い宝石、なら……親分が持って……くそっ、てめえら何か親分がぶっ殺してくれる!」

 やはり、この野盗は話に聞いた物と同一であるらしい。昼間からこのような蛮行を行う者には相応の後ろ盾か何かも付いている事だろう、そう彼は考えてもみたがどうやらそれでよかったらしい。

「こんなあっさりと見つかるなんて、運がいいなあ」

「私としては、その親分とやらがどの程度の力かが気になるがな」

 緊張感の無い話を続ける二人に再度溜息を聞かせると、ネーヴェは野盗に向き直る。その目は、野盗を囲むような氷の彫像よりも冷たく突き刺さり、その心を折るほどに鬼気迫っているかのようであった。

「……まあいい、その親分とやらは何所にいる? その親分が俺達を殺してくれるんだろう、こっちから行ってやらないとな」

 最早本能的な危機を感じ取ってしまったのか、野盗はその要求通りに言葉を吐き出す――この地より西へ行った先の山の中に野盗――男が言うには山賊らしいがそんな事は関係無い――そのアジトがある、と。

「山の中、か」

 野盗は後ろずさるが、氷に行く手を阻まれる。だが、人々を襲う悪を挫く正義の味方は甘いもの。きっと見逃されるだろう、そう思い目の前の四人を縋りつくような目で見るが。

 

「さて、お別れかな」

「うっ……うわああ! 命は、命だけは――」

 再びネーヴェは、野盗達を凍結させた魔術の詠唱に入った。それを見た野盗は絶句し、いや、すぐに悲鳴を上げ命乞いをするが……終わってみれば、氷の彫像が一つ増えているだけであった。

「命乞いをしようがするまいが、ここがお前の終極点だ」

その流れを他の三人は止めようともしない。そもそも、気を払ってすらいない。

「当然だ」

 外套の男が不意に口を開く。一切の救いもそこには無かった。立ち去って行く四人を、氷はただ見送るのみ。

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