「あの賊が壊滅したんだって!?」

「これで街の行き来が楽になるよ……よかったあ」

 噂が出回るのは早く、気付けばその山賊の壊滅は広い範囲に知れ渡る事となっていた。

 

「「はあ……」」

 そんな中でアウルとライザは溜息を吐いてテーブルに突っ伏していた。その仲間の一人は表情を見せる事無く黙々と目の前の食事に集中しており、横に気を向けてはいなかった。

「あなたの仲間ってフォローしあったりしないのかしら」

「あの二人は単に情けなさに落ち込んでるだけだ。明日になれば復活しているさ……いや、すぐに戻るかもしれない」

 六人掛けのテーブルでネーヴェの隣に座っている女性は、黒衣を椅子にかけて今はその見た目も露わになっていた。黒衣というイメージと比べると……美女……というより、美少女に入るだろうか。おそらく、平均から見ればかわいい部類に入るであろう。

「あなたはどうなの?」

「生き延びた事をあんたともう一人に感謝する他にない……まあ、自らの力不足には呆れるばかりだがな」

 考え込むように頭に指を当てるも、いい事はそう簡単に浮かびはしない。礼をするにもこの程度。

「食事を奢る程度じゃあ、命の見返りにはならないからな……」

「そういう事考えてるの。真面目なのね、ドアのノックはしないのに」

「入る時はする。出る時は……肝に銘じる」

 

 

「ああもう、あんな無様な負けをして助けられるとか……情けねえ。どうか俺を穴に入れてそっとしておいてほしいんスけど世間の目はそれを許しは……」

「まあまあ。そう悲観することじゃないさ」

 アウルの正面に座る男は、緩やかな笑みで沈むそれを宥める。

「あの石の前にあれだけ果敢に立ち向かうなんて、ましてやあの瘴気を受けて生き延びた。それは凄い事だよ」

「だけどな、あいつが……」

 アウルはライザを指差す。見れば、彼女は左腕に包帯を巻いていた。

「これはどうでもいい。負けた事実が気に入らん」

「でもよ、それ……」

「気にかけてくれるのは有難いがな、気にかけても治らん」

 ただ不安気なアウルの頭をライザは軽く小突く。

「とにかく、次は勝つ。それだけだ」

 

「あんた、あの石について何か知っているんだよな」

 ネーヴェは気になっていた事をその男に切り出す。男の口ぶりは、間違いなく何かを持っているものだった。少しでも情報が欲しいネーヴェにとっては、是非とも聞き出したい所だった。

「ああ……まあまずは、今の彼女の状況の原因かな?」

 男はライザの左腕を見つめる。幸いだったと口にする彼に、アウルはゾッとする感覚を覚えていた。或いは、とんでもない事が起きたかもしれないのだ、と。

「君達が邪晶石と呼ぶあの石の力は、感染する」

「感染っ……!?」

 アウルの悪寒はまさしく本物であり、下手をすれば自分もライザも、自分達もあの化物と同じになっていたかもしれない、そんな恐怖。とても簡単に拭える物では無い。

「そう、本当にそうなるかもしれなかった。普通の人ならあの瘴気に触れた時点でそれは避けられない。君達は凄いと思うよ」

 ネーヴェは隣の女性……むしろ少女が唇を噛むのを横目で見た。何となく気になる所ではあるが……今は、それより重要なことが山ほどある。すぐに視線を戻し、

「彼女は瘴気には強い耐性があるようだね。普通ならそのまま瘴気が体内に回ってしまう」

「柔な鍛え方はしていないからな」

 ライザの声には恐怖は感じられない。本当に、彼女の中には敗北の事実以外には苦しむ要因などありはしなかった。それはそれでまた

アウルの不安になり得るのだが。

「もう少し自分の体に気を遣ってくれよ……」

「恐れていては強くなれん」

「いや、そうかもしれないけどさあ」

 

「それと、あの怪物を処理する時には、塵も残さないようにしないといけない。残っていれば再生してしまう」

「ああ。それで俺達は地獄を見たからな……これこそ徹底すべき事のようだな」

 未だ軋む体は、その戦いを嫌でも再起させる。人生の終着点に降り立つ事になりかけるとは全く予期していなかった、それも自らの知識不足が招いた事。この事は決して頭から離れる事も無いだろう。

「とりあえずササッと動きを止めて、それから消し炭にすりゃいいんだろ」

 動きを止めるまでは可能だった事実を思い返し、アウルは面倒臭そうに言い放つ。ライザもうんうんと頷くと、雪辱を晴らす事を決意したかのように顔を引き締める。

 

「しかし」

 その時、それまでもそうであったように、外套を纏う者は他者の思いに因らず口を開いた。

「何故知っている」

 ネーヴェもこの点は気になっていた。先程の少女の表情を思い出し、今一度目を横に向けるとその少女は顔を下げていた。何かあったであろう事は容易に予測出来たが、それを聞く事はどうなのだろうか。

 しかし、言い出した人物はそこに堂々と入り込んでいく。

「理由無しにあのような物と関わるまい」

「それは……」

 男もその目を少女に向けた。すると、彼女が口を開き出す。

 

「復讐よ」

 少女は顔を上げると、それまでとは違う口ぶりを見せ始めた。その目は何かを見据えるように、そして明確な殺意を伺わせるほどに冷たい。ネーヴェにとっては、それは尚更気にかかるような表情だった。

「あの怪物が……石が憎い。それだけ」

「成程」

 話の発端は興味を失ったかのように一言で切り上げる。

「俺達とは重みが違うわけかあ」

 復讐。彼女の目はそれに燃えているようで、一方の自分達は積極性無く命令に従って処理しようとしているのみ。この意気込みの違いがそのままこの敵に対する実力差になっているのかもしれない――アウルはそう感じた。

「いつも言っているけれど、復讐で戦う事はあまりよくないと思っているんだけれどね」

 彼女と長く共にいるのであろう男は少女を窘めるかのように言うが、少女はその言葉には耳を貸さないようだった。ただ、その瞳を揺るがしもしない。

「憎いものは憎いの……いつも聞いてるからうんざりよ。これだけは変わらない」

「でも……」

「いいじゃないか」

 彼女の表情のもとに思考を巡らせた結果、ネーヴェは男の言葉を遮った。男は驚いたようにその言葉の主を見る。他の目線も彼に集中し、その視線の中央で更に言葉を吐き出していく。

「ところで、……あ、名前なんだっけ?」

「僕はメンダークス……ああ、彼女はヴィアね」

 男は肩を竦める。ここに来る途中に一度言ったじゃないか――返す言葉は、疲れていた、と。

「メンダークス……家族を殺された事ある?」

「いや、無いけれど」

「じゃあ言えやしないさ」

 背もたれに寄り掛かると、天井を見つめる。

「復讐について物を言うには軽すぎる」

 二人は互いを見たまま、まるで石になったかのように数秒の時を過ごす。それを解くと、メンダークスは溜息を吐いた。

「やめてほしいだけなんだけどなあ」

「そう簡単な事じゃあないはずだ。憎いのは当然の感情だと思うがね」

 そう言ってふと横を見やると、少女……ヴィアも驚いたような表情をしていた。

「……えっと、どうした?」

「あ、ううん……肯定してくれる人は初めてだから」

「肯定したわけじゃないけど、否定する理由も持ってないだけ」

 

「しっかし、今の話を聞くとだなあ」

 またアウルが口を開き出す。彼は重い話があまり好きでは無い、あまり復讐を中心とした話を続けられると辛いのだろうとネーヴェは考えた。もっとも、そう簡単にこの話題から離れられそうにはないのだろうが。

「うんざりするほど復讐やめろって言う奴とわざわざ一緒にいる理由は……」

「あの石を潰すって利害は一致してるからよ」

「あ、ああ成程……そりゃそうだ」

 決まりきった事をわざわざ聞くか、と言わんばかりにアウルは視線の棘を突き刺された。ヴィアだけでなくライザや、表情を見せぬ者すらも明確にそれを突き立てている。

「それに、彼はわたしを助けてくれた人だから」

「あー、命の恩人。信頼するにはこの上無いな」

 もう一つの理由で彼は完全に納得したらしい。ライザも横で、ほう、と言っている。

「ちょっとうんざりしてても、それ以外はいい人なのよ……復讐が駄目って言うのも、案じてくれているんだとは思う。信頼……そう、信頼の置ける人」

 復讐を見据えた目が透き通り、僅かに笑顔を見せる。

「メンダークス……あんたモテるねえ。こんな可愛げのある女の子に慕われるってすごいすごい」

「自分がモテないから茶化しているのか」

「わざわざ言うのやめてくれないんスかねえ、あんたの方は。あんただってモテないじゃないか」

「必要が無い」

 アウルは問題人物の外套を剥ごうとするが、当人はそれをかわすと次の言葉の無いまま外へと向かっていった。そろそろ興味が完全に尽きたらしい。

「ちっくしょう」

「ははは……君達、面白いね」

 笑い始めたメンダークスをいかにも不愉快そうにアウルは見ていた。しかしそれに引きずられヴィアもくすくすと笑っている。

「アウル。芸人になるなら一人でなってくれよ」

「なんねぇよ……ああもう、調子崩してくるねえ、どいつも」

 もう休むと言い残すとアウルも外に出て行った。

「アウルはまだまだ子どもだな、なあネーヴェ?」

「あいつ、ギリギリ酒飲めない年齢だから」

「そうか、実際に子どもか。あはは!」

 

 

 ひとしきり笑った後、しばらく場は静かになる。その先で改めてメンダークスは喋り出した。

「でもね……本当に思うんだよ。素晴らしい相手と出会ったってね……さっきの彼の言うとおりだ」

「へえ……俺もいずれ出会いたいもんだね、そういう相手」

「ほう?」

 口元を少し上げながら話すネーヴェにライザは意外そうな顔をする。

「どうした」

「何なら、私はどうだ? なんてな」

「あぁー……遠慮しとく。十分以上には信頼に足るが……あいつに恨まれる」

「ん?」

 恨まれる、の意味を彼女は理解しなかったようだが、幸いにもその相手は席を立っていた。年頃のオトコノコは意外と複雑なのだ。

 

 息を吐き出す。目を見開くと、メンダークスが真剣な表情を向けてきた――ネーヴェもその表情を改める。

「ネーヴェ。君は、邪晶石と戦うか?」

「ああ。あの人から与えられた任務……今回は疑問を抱く必要も無い。だったらやる以外にあるか」

「あの人……」

「ヴィアもお前も、結局あの人の下にいるんだろう」

 大まかな括りで見れば、同じ集団に所属する……それを知れば、会った事は偶然ではあり得ない……はずだが、二人は任務などとは無関係にそこに来た。こうなると、偶然の度合いは強いようにも思える。

「そう……だね。でも、本当にこのままそこに居ていいのかって」

「思うか。まあ、誰しもそう思うだろうさ」

 自分の上に立つ者の事をふと考える。その望む事は、平和的に収まるような事では無いだろうから。

「僕はね……」

 しかし、ネーヴェはその時僅かに違和感を抱いた。それが何かは分からない。ただ、あるような無いような。

 

 

「信頼」

 メンダークスとヴィアがその場を去った後、ネーヴェはふと呟いた。片目を閉じて腕を組む。彼にとっての信頼出来る者の一人は、それを見て声を落とした。

「何かあったか?」

「いや……ライザは直感って信じるか?」

「私なら信じるが」

「そうか……実は」

 

 そうして、その始まりの一日は過ぎて行った。しかし、寝床の中でネーヴェは目を開け、ただ考えを張り巡らせ続けて行った。その「直感」が何だか分からないままに。

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