時は遡る。
「かつて、この街は闇に包まれた。それは何故か」
 メンダークスとヴィアは廃墟の街を並び歩いていた。ふとヴィアが立ち止まり見る、そこにはあの日のままの家があった。
「邪晶石……」
「そう。邪晶石は、闇のエレメントと多くの生物の悪意が融合して作られた、世界でも指折りの危険物質」
 その情報自体はヴィアの知る所では無い。破壊する、それだけでいいのだから。
「そして僕の知る、邪晶石の本体とも言うべき存在」
 何者かがそれをこの地に祀り、この地の破局をもたらした……メンダークスはゆっくりと語る。
「最大の邪晶石……邪心結晶石と呼ばれていたらしい。まさしく邪晶石の力の根源。もし今でもこの場所にあるというのなら」
「それを破壊すれば、他の石の力も弱まる、かもしれないのね」
「その予定だよ。うまく行けばいいけれど……一つ、問題を出してもいいかい?」
 いきなりの言葉に首を傾げるヴィア。メンダークスは返答を待たずにその問いを取り出す。
「何故この可能性を僕は黙っていたと思う?」
 それに対する答えをヴィアは考えた。しかし、その選択肢は絞りきれない。
「もしかして……わたしが心配だったから?」
「そんな所かな。迂闊に突っ込んでも危険だったかもしれないし、それに街の中も影だらけだと思ってたしね」
 まさか街中はスカスカだなんて……メンダークスは苦笑する。もしかしたらもう無いのかも、とも言った。

 メンダークスが口を閉じると、廃墟はあまりにも静かだった。もう一度、かつての家を見る。
 形は残っていても、もうその場所は優しく包み込んではくれない。待ってくれている両親もいない。拳を握る。その力は自身の意思にも依らずに増していく。
「絶対に破壊して見せる。見ていて……お母さん、お父さん」


 何処かにあるはずの元凶、邪心結晶石の在処そのものはメンダークスも詳しくは分からないと言った。しかし、それが放つ闇は近くに行けば感じ取れるほどの物だろうと考え、しらみつぶしに街を歩き回った。確かにこの街にあるはずだと思いながら。
 そして二、三万歩は歩いただろうか。ある区画に差し掛かった時、メンダークスは一つの崩れていない建物を指差した。
「ここ、怪しいよ」
 慎重に中に入ると、そこはただの家屋のように見えた。しかし灯りを照らすと、下に降りる梯子がある事に気付いた。
「当たり、かもしれない。慎重に――」
「ようやく、仇が!」
 注意を促すメンダークスを他所に、ヴィアはその梯子を急いで降りて行った。あまりにも無謀に見える。しかし、彼女はそうせざるを得なかった。
 メンダークスには分かっていた。この流れ、この道を。
 本当は、それがこの街に残されている事も知っていた。

 全ての原因を前に、彼女は怒りの、憎しみの、あらゆる感情の全てをぶつける事だろう。何もかもを出し尽くして、それを破壊しようとする事だろう。彼女はもうそれを抑えられない。
 人生の大半を邪晶石の破壊に費やした。あのような事が無ければ、自分ももっと幸せに暮らせただろう。少なくとも今より酷い事は無かったはずだ。その思いは時を重ねるほどに強くなり、今では憎しみに駆られているのみ……その事はもう、自分でも分かっていた。
 だが、解決方法はただ一つ。この想いのままに、元凶となった物を滅ぼす事のみ。それを以てして、この辛い日々を終わらせるのだ。全てを解放するのだ。
 復讐は争いの連鎖を生む、そんな言葉も聞いた。だが、例えそのような事があっても止まる気は無かった。復讐。それは誰のためでもない、自らの心のために行うのだと。彼女の抱えた闇には一点の曇りも無かった。

 闇。

 そう、闇だ。

 ヴィアは見つけた――その石を。全ての元凶を。忌むべき悪を。滅ぼすべき敵を! 果たすべき復讐の末路を!!

 そして彼女は聞いた。

「ありがとう、ヴィア。これでようやく――」


  *


 黒い衝撃波は程なくして止んだ。その中心となったであろう場所にネーヴェ達が辿り着いた時には、再び廃墟は平穏を取り戻していた。しかし、それが一時の物であるであろう事は明らかだろう。まさか、今の出来事が気のせいだと思う者は誰もいなかった。
「こりゃ、いよいよヤバそうな最終決戦って所だぜ」
「ふふ、面白くなってきたようだ。私の力を試す機会となるな」
 それぞれが緊張を持って下へ降りていく。顔を見せぬ男もまた、これまでにない緊張感でこの場に臨んでいるのをネーヴェは察していた。
 ただの民家に入って言うような言葉では無い。ただ、その地下から感じる邪気は異常と呼ぶ他無かった。空腹を満たしてやる気を出し直しても、若干ながら尻込みしてしまいそうな物だった。
 ネーヴェは一切下がる気は無い。先程聞こえた声、それは確かに聞こえた物だ。

 地下に降りた先には巨大な洞窟が広がっていた。目的となる場所はすぐに分かった――あまりにも強い邪気が渦巻いていれば嫌でもその方向しか目につかなくなってしまった。ネーヴェは迷う事無くその方向へと歩いていく。後の三人も振り返らずに歩を進めて行った。

 一歩、また一歩と歩いていけば、その闇は目に見えずとも色濃くなっていく。その先に立つ一人の男を見るまでその歩が止まる事は無い。ようやく止まったその時、ネーヴェは目を見開く事も無かった。


「やっぱり来たみたいだね、ネーヴェ」
「おかしいな、他の奴等が通った話なんて聞いてなかったんだがな」
 街道を封鎖していた兵士は誰かが通ったという情報は与えてくれなかった。おそらく事実だろう。と言う事は、後から入って先回りされた事になる。ネーヴェとしては、それも気に入らない所ではあった。
「メ、メンダークス、だっけ? お前が持ってるの……なに?」
 アウルはそれを無視するネーヴェが信じられないと言うように、芝居がかった――半分は素である――様子で問いかける。その手の上には邪晶石、の遥かに巨大な、そして禍々しい物が鎮座していた。
 邪心結晶石、その簡単な解説も併せてメンダークスはすらすらと答えてみせる。それに合わせ、徐々にアウルの表情は驚きと焦りから敵意を見せ始め、遂には彼は叫ぶ。
「そしてこの石を使えば……何か言いたそうだけれど」
「ああ、もう説明は結構! つまりいい奴に見せかけててめえが犯人かよ!?」
「うん、その答えで合格点を上げてもいい。短時間ながら僕の講義をよく聞いてくれたね」
「ふざけんな!」

 そのままアウルは持ちこんだ武器、槍を持って石を砕かんと攻撃を仕掛ける。しかし、槍の刃先は空を切り裂き、メンダークスはと言うと見事な宙返りでそれをかわして見せた。
「記述試験が合格でも実技が不合格じゃあねえ」
「黙れ!」
 なおもアウルは攻撃を続けようとして、しかしそれを中断した。既に別の人物が追撃を仕掛け始めている。ライザは剣を、外套の男は短剣を取り出しメンダークスに対して踊りかかる。しかしそれらも次々と無を裂いていくばかりになっていた。
「その程度かい?」
「メンダークス、言いたい事も色々あるが……とりあえず、強い事を祈るばかりだ」
 ライザは再び剣を振る。


 しかしネーヴェは武器を取る事も、魔法を唱える事もしていなかった。ただ彼はそこに居るはずのもう一人を探している。アウルはそれに割く心の余裕が無い。そしてライザともう一人は……単に、仕事を分けているだけに過ぎない。
「ヴィア……?」
 洞窟の更に奥に駆けていくネーヴェをメンダークスは視界に捉えていた。しかしそれに対応はしない。放っておいても問題無いのだから。

「どこにいる……どこに」
 顔を上げると、祭壇のような場所が……そしてその上に横たわる一人の少女が視界に入った。
「ヴィア!」
 急ぎ呼吸を確かめ――ようとしたが、どうやらその必要は無いらしい。気を失っているようではあったが、生きている事が目で見てとれた。
「無事、とは言い難いか。起きろ……聞こえるか?」
 ゆっくりと揺らしながら声を掛ける。程なくするとその目は開いた。
「うぅ……ううん……? あれ、あなたは?」
「俺は……ネーヴェ。運命の出会いに乾杯……なんて冗談を言っている場合でも無いか」
「えっと……あ、ちょっと!? 結晶石はどうなったの!?」
「結晶石……邪晶石の、だな」
 首を何度も縦に振るヴィア。彼女は言った、ありったけの魔力を叩き込んでやったと。しかしその結果が何も好転していないであろう事を伝えるとヴィアの表情は一瞬にして曇った。
「そんな……確かに破壊できるはずだったのに」
「ところで、邪晶石って言うのは、悪意とかが結合しているらしいけれど本当か?」
「え? ええ。メンダークスが言っていたけれど」
 全ての魔力を叩きつけてなお破壊する事は出来なかったとされる邪心結晶石。しかしネーヴェはヴィアの魔力を一度目の当たりにしながらも、この事態に強い危機感を抱いている訳では無かった。
「つまり……ヴィアの怒りや憎しみが魔力に乗ってしまったんだろうな。で、砕くどころか全部吸収されたと」
「そ、そんな事って……!」
「いや、大丈夫さ」
 負ける気はしない、ネーヴェは正面から言い放つ。
「二度目の戦いは必ず勝てる。絶対を俺が保証する」
 そのあまりの自信に、ヴィアの絶望の表情は驚きを見せる。本当にそんな事が出来るのか――出来る。――出来るの――出来る。何度も繰り返すうち、彼女は問答をやめ、もう一言だけ言った。
「メンダークスは……?」
「メンダークスか、あいつは……お前自身の目で見てくれ」


  *


 結晶はメンダークスに力を与えているようだった。その力は明らかに人の物では無く、飛べば血を砕き宙を舞い、ようやく当たった剣は鈍い音を立てて弾かれるのみとなり、最初は負ける事を考えていなかったライザの表情にも若干の焦りが見え始める。アウルの攻撃も全く当たるように見えない。
「まずいな、何か手を打たなければ負けかねんぞ」
「石を砕く」
「そうか!」
 しかしライザはメンダークス本人ばかりを狙い、今はその懐に入っている結晶そのものを狙う事を考えていなかった。外套の男の一言で即座に狙いを変え、ライザは再び剣を当てる事を狙う。怒りに身を任せているように見えるアウルはむしろそれだけを狙っていたのだが……もっとも、今のアウルではその石を砕く事は難しそうではある。ヴィアの結果の二番煎じがいい所だろう。そもそも当たっていないが。
「狙った所で当てられなければ意味は無いさ!」
 メンダークスは余裕を崩さない。その拳を持って剣を弾き、その足で一撃を返して見せる。声を上げる事こそ無いが、ライザは後ずさり、その表情には若干の苦悶が見て取れる。
「やるな……いや、この程度で敗北する気は無いぞ!」
 再び剣を構え、石砕きを執拗に狙っていく。しかし、分かっていて狙わせるほど相手も馬鹿ではない。ただ時間が経過する――そう思われた。
「砕けろ!」
 まさか当たるとは――生き残れれば彼はそう言う事だろう。アウルは不意に槍を投げつけた。そう、それがまさか石に当たるとは。
「なっ……んだと!?」
 先程からアウルはほとんど闇雲に武器を振り回す状態になっていた。それゆえに、突然別の行動を取る事を想定出来なかったのだろう。


 ガラスが砕ける時と同じような音であった。石の破片は地面へと零れ落ち、確かに当たった事が見て取れる。槍も続いて落ち、乾いた音が洞窟に響く。
「馬鹿な……」
 メンダークスの声には怒りよりも焦りの方が強く感じられた。幸いにもアウルの怒りは石に吸収されるほどでは無かった――のだろうか? 或いは、投げられた槍そのものには思念が乗っていた訳では無いのだろう。まさしく、闇雲……だろうか。
 そして、零れ落ちた力の分だけ、僅かではあるがメンダークスの得られる力は減少する事となる。だからこそ焦りが先に出てしまうのだろう。
 それゆえに、メンダークスは考えた。これ以上、偶然で追いつめられる前に切り札を出すべきであると。


「調子に乗るなよ……ここが僕の終極点なはずが無い!」
 叫びだすと彼は結晶石を高く掲げる。途端、その中に秘められていた力は石からあふれ出した!


「メンダークス!?」
 ネーヴェとヴィアが再び現れたのはその時だった。二人からメンダークスの姿が見えたのは一瞬であり、それは闇に閉ざされ、闇その物は広がっていく。ヴィアの叫びは悲痛さが聞いて取れた、しかし今はそれだけに気を配っているわけにはいかない。
「邪晶石、その基本に立ち返ってしまった訳か」
 
 広がる闇は何かを形作る。人の物ならざる爪、表面を覆うは鱗の如く、太陽すら隠しかねない巨大な黒い翼、尾の部分には棘もまた形作られ、目が縁どられるとそれは咆哮した――

 反響した叫びが身を震わせる。それを討てば全ては終わる。ネーヴェは震える少女を庇うように前に出た、そして彼女に一言を投げかける。
「大丈夫だ、ヴィア」
 それだけ言うと、彼はただ普段通りに立った。任務をこなす――上からの命令と、もう一つ。今、自分の成そうと思う事を。

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