GRAND FORCE
  プロローグ (前編) 彼の見た夢
 

 時々、夢を見ていた。誰かと共にいる夢を。誰かと共に戦う夢を。誰かと手を取り合い、笑い合う夢を。その夢は楽しくて、苦しくて、幸せで。夢から冷めたとき、いつも泣いていた。それが何故かは分からない。ただの夢が、どうしてそんなに名残惜しいのか。自分には分からない。大切な誰かがいた。だけど、それが誰か思い出せない。夢の中の仲間たちは問いかけには答えない。問いかける気も起きない。夢の中の自分は、全てを知っているのだから。それが羨ましくて仕方ない。ずるい、とすら思ってしまう。
 夢の中で、自分は英雄か何かだった気がする。仲間と一緒に人を救い、魔を撃つ正義の味方。憧れたことが無いわけじゃない、でも現実味も感じられないそんな存在に自分自身がなっていた。現実とは大きな隔たりがある。別に嫌われているわけじゃない。でも、飛び抜けた何かをしていたわけでもない。そこら中にいる一般人の誰かでしかない。だからこそ感じた、羨望、嫉妬、そして憧憬。自分自身に抱くもの。夢に抱くもの。

 そして甘美な夢から覚め、ベッドから降りた先。
「ようやく起きたか」
 親しげに話しかける声。同じ屋根の下で暮らす人物。唯一の相手。
「まあ、疲れを残されても困るしな。どうせ今日の宿には日が暮れる前に着くんだ、焦る必要も無い」
「だったらもうちょっと寝てればよかった」
「おいおい。限度もあるぜ」
 苦笑いを浮かべる彼に、返す言葉も無い。
「あの夢か? だったら悪かったな」
「いいよ。どうせまた見る」
 手を洗うのもそこそこに、用意されたパンへと手を付ける。ほんのりとバターの香りが漂う焼き立てのパン。毎日食べている味。でも、それもしばらくは食べられないかもしれない。
「やっぱり、名残惜しいか?」
「いや……」
「強がらなくてもいいさ。引っ越しなんてそんなもんだからな」
「大丈夫だって」
 強がりなことくらい相手も分かっているはずだ。自分でも嫌という程に承知している。付いていくと言ったのはこっちだ、今更取りやめにしようとも思わない。
「でも、もしかしたら」
 ふと、外を見る。こっちもつられて、外を見る。
「新しい出会いもあるかもしれないぜ」


「本当に行っちまうのかよ、ヤイバ」
「ああ。夢が叶うんだぞ? 行かない理由が無いだろ」
「あいつも連れてくんだろ?」
「付いていきたいって言ったからな。弟の要望を叶えるも兄の役目さ」
 涙の一つもこぼさず、笑顔で別れを告げていく。俺には信じられない。夢でも悲しいくらいなのに、現実の別れで泣かないなんて。
「冷たいな……」
「俺のことか?」
「うっ」
 聞かれていたことに焦りつつも、目線で聞いてみる。何で平気なのか。どうしてそんな態度でいられるのか。その全てを込めて目を合わせる。ヤイバは、ただ笑うだけで言葉を返すことは無かった。


 この時代は、平和だ。良く言えば安定した、悪く言えば……代わり映えしない毎日。そんな中で起きた一つの事件と言えば、兄……義理の兄であるヤイバが、王国の正規兵として徴用されたことだ。
この国では徴兵制は存在せず、志願者のみが兵士となる。それも基本的には数年限りの期限付きで、扱いは傭兵のようなもの。そんな中で正規兵というのは他とは一段違う、実力を認められた人材ということだ。名誉という意味でも、得られる金銭も大きい。腕っぷしに自信のある人物なら一度は目指すというが、大抵は結果も出ないままに雇用終了となる。成り上がりたければ、結果を残すしかない。
その点、ヤイバはうまくやっていた。街を襲う可能性のある獰猛な魔物を先手を打って排除し、国が懸賞金を掛けるような犯罪者を捕らえて突き出した。チャンスを待つのではなく、勇猛果敢に挑んで成果を上げる。これが成功というものなんだと思う。
 そして晴れて正規兵となったヤイバは、地方での任務から王城勤めとなる。俺はそれに付いていきたいと言った。大した理由は無かった。都会への憧れくらいだ。
 すぐに出発の時間はやってきた。話をすることのあった数人ばかりの同年代に別れを告げて、馬車に乗り込む。別れを惜しむような素振りは無かった。大した付き合いも無いから。

 このときは自分でも分かっていなかったけれど、もう一つはっきりした理由があった。それは、せめてもの抵抗。笑い会える仲間が欲しくて、環境を変えようとした。そこに行けば、何かが変わるかもしれない。そんな気持ちが心の奥底にあった。


 馬車はカタコトと揺れ、ひた走る。街道の先には地平線が広がり、いまだ目的の場所は見えない。本当に着くのか不安になる。この先にあるのは未知の場所。話で聞いただけの場所。平和でも不安はある。少しだけ身震いする。それでも心の奥底で、何かが待っているという直感が声を上げていた。
 行く先は王都、センクレイス。この国そのものの名を冠した、見果てぬ場所。

そして、俺にとって運命の幕開けとなる場所。それをまだ、誰も知らない。



かつて旧サイトで連載していた「グランド・フォース」について、新版を作ろうと考えていることがあります。
果たして本当にそれができるのか、はともかく、あの頃のことを思い出して少し書いてみたものとなります。
まだ連載予定にできないため、一応短編ということで改めてカテゴライズしました(執筆当初はトップページからのみ閲覧可能だった)。
あと、ページデザインのちょっとしたテストでもあります。いかがでしょうか。
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