心の支えとなるが神ならば、苦境に立つ時人は奇跡を願う。そして、奇跡を享受するのはその一握り。そしてそれが本当に自らの信じる神による物であるかも分からないのにまた祈るのである――
「そこに自身の意思の介入する余地はあるのか? 或いは……自らの手で道を切り開く事は可能なのか?」
 白い壁に映るその姿。白いその場所に二つの光。
「確かめなければならない――」
「――――様。確かめると言っても……どのように?」
「そうだな……いや、難しい事では無い」
 確かめる――考え得る事は一つ。
「お前に、見て来てほしい……人を」
「俺が――え、俺が? そんな大事な事を……?」
「ああ。じっくりと見て来い。数百年ほど――」
「……理由を盾にした追放じゃないですよね?」
 どうやら、この事態に警戒しているようだが――考えもしない疑惑を投げられても困るのは、誰でも同じである。
「追放する理由も無い、心配するな」
「……はあ。分かりました、それじゃあ、まあ、見てきましょう」
 目の前から去らんとする一つの光――しかし、不意にそれは問いを投げかけてきた。
「――――様、貴方は、信じていますか? 人を」

「当然だ」
 一瞬の迷いすら無く言い切られた言葉。強い意志より現れたそれは心に透き通るが如く――
「だからこそ、人は人の手で立ち向かわなければならない。いずれ来る時に」

 
「そう、いずれ来る時に――」
 それは今、地上にいた。遥かな……彼らからすれば数年程度の間隔である過去に一人――そして今は、彼自らがそこに立っていた。
「あいつはうまくやってくれている……だが、彼女は予想外だったな……気づいてくれるといいが――」
 その時、彼は空気の変化を感じた。揺れる草も、ざわめく虫たちも何の変化も無い。他の誰も気付けないであろうその変化は――
「今のは……もう、動き出したのか……天使」

 
    *


「突然呼びつけて、何の用だ?」
 聖堂の最上階――そこには礼拝堂があるのだが、それは普通の物では無い。普段は、フィラネスのみが立ち入っている――いわば、教皇専用の礼拝堂。わざわざそのような場所に呼び出すというのは、それ自体が重要な意味を持つ。
「そう大きな事じゃない――ただ、護衛してもらいたいんだ」
 フィラネスはエッジの目を見据えている――その目を互いに離さない。
「上から集めたら、どうしてもこの面子になるからね」
「もっと頼りになる大人がいればね……」
 言葉を漏らすアクアだが、そもそも彼女やウィンディア、そしてフィラネスが教会の要職にいる時点で普通ならば異常なのかもしれない。ただ、彼女も感覚が麻痺しているのかどこまで異常なのかは分からない。気づいた時にはこの環境であったのだから。
「それに、派閥もあるからね。まさか護衛してもらおうと思ったら後ろからグサリなんて嫌だし」
「そ、そんなに殺伐としていたんだ……」
 ただ一人、昔馴染みでも何でもないプレアは突然教皇と対面させられて気が気ではない。むしろこれほどまでに自然な会話が繰り広げられている事自体を怖がっている……特に教会の一員ではないはずのエッジについては。
「それでフィラネス、護衛っていうのはどこまで?」
 そして――ウィンディアの問いに対するフィラネスの答えは、
「何、ちょっとオーロランドまでね。ルシファーのお膝元までよろしく」
「ああ」「ええ」「だろうな」「え? え、えええええ!?」
 だろうと思った……エッジは肩を竦める。若干一名は予測していなかったが。
「き、危険なのではないでショーカ……?」
「大丈夫。えっと……プレアだったね。大丈夫だよ」
「そうなんですかー……!?」
 納得が行かない様子のプレアだが、他三人が平静を保っているのを見るとどうしても問い詰められない。そもそも立場的にあまり問い詰められない。そのため、聞く相手は――
「エッジ……えっと、教皇様の言ってる事って本当に」
「天啓……まあ、ほとんど未来を読んでるような物だからな。つまり最善と言う事だろう。神とフィラネスにとってはな」
「その発言は冒涜か、エッジ。我らが神に対して――」
 今の発言に何らかの裏を感じたのであろう。フィラネスの表情が険しくなる――横でウィンディアも少し表情を変える――が、彼は平然としていた。アクアは慣れているのか目を閉じてじっとしている――どうでもいいからぼーっとしている可能性もあるが、それこそどうでもいいだろうか。
「そうは言えども、プレアの疑問は尤もだ。俺達は既に一度惨敗を喫しているからな……護衛しきれるだろうか」
 鼻での笑いを最後に付け加える――それは誰に向けてか。いや、考えるまでもない。
「信じられないか?」
「俺には聞こえない」
「エッジ! いくら何でも――」

 はあ……と大きく息を吐く。開いたアクアの目はどこを見据えているか分からない。虚空だろうか。
「喋り出す機会も無いだろうから鎮魂歌の歌詞を考えようと思ったけど、まさかこんな展開になるなんて思わなかったわ。状況が状況だからといって荒みすぎじゃない?」
 最も追いつめられたはずの者が最も落ち着いている、これは異常だ――ろうか。いや、そうとも言い切れない。この場に居るのは大人では無いのだから。結局、耐性が付いていない。
「まあ、天啓が裏切られた事は無く、それに打つ手の見えない今……まあ、試してみるのがいいんじゃない? 成功すればよし、失敗しても死ぬのが早くなるだけ。何もしない場合と比べてね」
 そう、冷静に考えるならばこれが現実だった。結局情報は未だ無く、あるのは前の敗北のみ。この都市は、一日で落とされかけた――
「さすがに何度も守りきれないからね」
「……護衛、いるのか?」
「天啓聞けても、その通り動けるとは限らないから。それに、連れて行け、と」
「お前の意思は?」
「神の意思が僕の意思さ」
 
「変わったな」
「変わりもするよ、何年経っているんだ」
「懐かしいな……特にお前とラーヴァがよく馬鹿をやってくれた」
 今となってはその面影も無い――
「一番引っ張りまわしてたのは彼女じゃあ――いや、まあいいよ。とにかく、四人にお願いしたい。それと、もう一人の彼女も……」
「アセリアの事か? 何故だ?」
「戦力になるはず。第一、エッジ達が惨敗していたというのに無事だったのはそういう事じゃあ? 三人が突っ込んで倒されたって、じゃあ残ったのはプレアと彼女だけじゃないか」
「つまりその二人が何とかしていた、と――」



 
「――よ――の元に――さん」


「羽根……」


「――――大丈夫――――」




「……あいつ、とんでもない魔法が使えるのか?」
「アセリアが?」
「いや、何となくだがそんな光景を見たような見なかったような……待てよ?」
 一つ可能性を忘れている。
「第三者がいた可能性がある……」
「まあ、事実はどうであれ、これも神の思し召し。十分じゃない?」
「……はあ。まあ、仕方ないか。あいつ、頼みごとがあるとか言っていたが」
「言ってたわね」
「それを聞いてもらうどころか酷使されるとは……悲惨だな」
 わざわざあんな極北へ訪れながら……そう呟くと周りも苦笑いをするしかない。

「さすがに断るかな……いや、あの性格では……」
「いや、やってもらわないと困る。神の意思、なのだから」
 フィラネスがやけに神の意思を強調して言うが――だが、何かがエッジの心に触れた――ような、
「神の意思も結構だが、行動を決めるのはそれ自身だろう。いくら何でも煩わしいぞ?」

 
    *


 真夜中になった――礼拝堂は星々の光で淡く照らされていた。静まり返った街からの音は無く、他に立ち入る者もいない。そんな中でフィラネスはまた今日も祈りを捧ぐ。
 祈り、救い、希望、あらゆる願いを込める。そして今日もまた祈りの終わりに――それは訪れた。
「――?」
 軽い――体が、軽い。
 彼の類稀なる実力からしても不可解なほどの軽さ。何故だろうか――考えた所で答えは出ない。ここ最近に健康に気を遣った食事を始めた訳でも無い。何も要因は無いような――そんな時、彼にまた声が聞こえた。


  ――この世界の希望となりうる――

「――神よ、これは」

  ――汝に翼を授けよう……そして、いずれ――



 それは、今までとは比べようがなく――
「エッジ――今、何か感じなかったか?」
「……確かに。だが、別に心地悪い物では無かったがな」
 彼らは、初めてそれに気づく。信仰の先に存在する者――その時、不意に扉が叩かれる。
「ん? 誰だ?」

 扉が開く――エッジとウィンディアの視界に彼女が入った。
「今の感じ――私、分かります」
 アセリアは、その場所を見つめていた――


「エッジさん、ウィンディアさん。大切な話があります……聞いてくれますか?」

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