不自然な世界の「誰か」 

 そこに一つの場所があった。周囲は星空。道はガラスで柵は無し。道の前には魔法陣。そして道の先には石の台座に、ぷかぷか浮かぶ水晶玉。この先には何かある。きっと誰もがそう思う。その水晶には何が封じられているだろうか。竜をも切り裂く伝説の武器か、人の手に余る禁忌の術か、狂気を湛える太古の魔王か。 全ては謎に包まれている。誰かがその場所を求めている。いつか人の目にさらされる。

 はずであった。

「いち、に、さん、し」
 無数の星の瞬きと水晶玉の動きが仕組まれたかのように繰り返す。ある星が三度輝く間に、またある星は四回光る。その周期に乱れは無い。指を一つ一つ折り、一つ一つ伸ばし、数えた指は十五本。「誰か」の日課。世界の確認。いつもと同じ日常を見る。
「ひま」
水面に響くような綺麗なソプラノボイス。そこから聞こえるのは粗雑な言葉。「誰か」は水晶玉を手に取ると、代わりに自らが台座の上に陣取りだした。台座から離れても水晶玉は浮き続ける。全く変わらない周期。十五秒の周期で。「誰か」が身に纏う白い衣もまた、十五の約数に縛られている。風も無いままにゆらり、ゆらりと波打ち続ける。ただ時間が流れて、何のイベントも起こらない。仕方ない、そう感じて「誰か」は歩き始めた。水晶玉を手に、散歩の時間だ。
ガラスの床をゆっくりと歩いて、光の渦に脚を踏み入れる。別の場所への入り口。辺りを眩い光が覆うと、「誰か」は別の場所にいた。
 そこは洞窟。土の壁と、地下から染み出す水たまり。先程踏んだものと同じ光の渦、その周りには四本の柱。妙にできすぎているその場所に今更疑問を抱くこともない。「誰か」は再びゆっくりと歩みを進めていく。階段を登り、迷路のような道を進んでいく。一度も引き返すことなく、また階段を昇る。それを何度か繰り返し、いつしか陽の光が「誰か」の目を突き刺した。

「今日もいい天気」
 小さな島だ。小さく、殺風景な島。点在する木と先程の洞窟くらいしか無く、海はただ水平線が見えるばかり。隔絶された島、遠すぎる場所、忘れ去られた地。船の一隻も無く、声の張り上げがいも無く。
「はー、ひま」
 その姿を見せる相手はいない、その声を聞かせる相手もいない。彼女しかここにはいない。かろうじてもう一つあるのは謎の水晶玉のみ。そんな中で暇をどのように解消すればいいのか。日々を綴る紙も無いというのに。

「神様、恨むよー」
 間延びした声で「誰か」は呟く。本当に恨んでいるのかは分からないが、不機嫌さだけは見て取れた。彼女を取り巻くあらゆるものが十五の約数に縛られている中、彼女自身だけは自由だった。だからこそ不満を持つ。もう一つだけでも、自由な物があればいいのに。そうは言っても与えられるはずもなく。しばらく潮風に当たると、「誰か」はまた引き返していった。

「神様……」
 見飽きた星空を見上げて、ただ思う。「誰か」を定義し得るただ一人の誰か。全てが不自然なこの場所で、自分もまた不自然な「誰か」は虚空を見つめていた。知識はあるのに記憶は無い。一つだけ浮かぶ島、何も変わらないこの世界、全て不自然だと分かっているのにそれ以上は分からない。自然を見たこともないのに。
「神様、どうして私を捨てたの」
 涙を流しても慈悲は無い。そんなことはどうでもいいと彼女は言うのだろう。これは抵抗。ただ繰り返すだけの星への抵抗。不自然すぎる世界への抵抗。この寂しさへの抵抗。いつまでも抗い続ける。例え爪痕を残すことができなくても。どこまでも、どこまでも。そして明日もまた抵抗する。その意思を再度固め、彼女は瞳を閉じた。涙は、まだ流れている。
 それを覗き込む誰かに気付くことの無いまま。


 彼女が目を覚ましたとき、最初に驚いたのは場所が違うことだった。周囲を見渡すとそこは平原。草が揺れ、花が揺れ、何より鳥が飛んでいた。鳥を見て、同じ場所を見続ける。その先からまた同じ鳥が現れることは無かった。飛んでいった鳥は、遠くに行ったままだ。
「そんなにこれがいいのか?」
 空を見上げた先、薄っすらと誰かが見える。二人、そこにいた。自らより遥かに大きい何者か。神様――彼女の中にそんな直感が生まれる。
「昔考えてたからさ」
 二人のうちの一人の声。それは聞き覚えがあった。記憶を手繰り寄せる。生まれて間もない頃の記憶を。そうだ、聞いたことがある。見たことがある。空より高い場所にいる、神様。
「ふーん。まあいいけど。ところで名前は?」
「考えてなかった」
「マジかよ」
 ただ空の先に見える誰かを見続ける。
「うーん、天使のように可愛い女の子だから……セラフィムから取ってラフィ。うん、これがいい」
 誰かと話す神様は、一つの名前を告げた。そう、それが名前。これまで持たなかった名前。彼女の……ラフィの名前。
「神様……」
 小さく呟く。昨日泣いたばかりなのに、また泣いてしまうなんて。彼女からすれば、少し恥ずかしい。
「今何か聞こえなかったか?」
「……あ、ああ」
 その言葉を最後に、空に浮かんでいた二人は消えていく。ラフィはただ、空を見上げていた。涙が止まる気配は見えない。


 青年は天井を見ていた。
「ラフィ……」
 それは突然思い出した、今日名付けたばかりの少女の名前。忘れ去っていた記憶の中で、夢に見たもの。涙を流す、ひとりぼっちの少女。かつて作り出そうとした世界に、一人残されたもの。
「……頑張ろ」

少女が孤独から解き放たれる日は、間近に迫っている。



こういう話を書くのが好きです。
電波飛ばしすぎかもしれないけれど、個人サイトだし……いいよね?

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