Dive in←Dived 

 魔法使いジェシカは言った、ここまで来れたのは貴方のおかげよ、と。続いて戦士ラウルは言った、お前と戦えたことを誇りに思うぜ、と。そして最後に司祭レナは言った。
「ところで……キミ、誰?」
 足元がぐらつくような気がした。

 時は……エーテル歴578年。または、西暦20XX年。現実世界では見ることもないであろう、鎧を着込んだ騎士が街中を巡回する風景の中。魔王討伐という大業を共に成し遂げた大切な仲間、という設定の少女と一緒に歩いていた。
「それにしても、魔王って何で現れたんだろうね?」
「決まってるだろ、魔族もリーダーが必要でーー」
「そういうのじゃなくて、キミ視点だとどうなの?」
 求めていたのと全然違う、なんて拗ねられても困る。何で現れたか、というのはその根元にまつわる話……つまるところ、魔王のバックグラウンドは何かという問いだ。そんなことを聞かれても答えが用意できない。俺はそれを知らないんだ。いや、もう少し突っ込んで言うなら、そんな設定は無いから知りようもない、というのが正しいだろう。この物語の魔王は、舞台装置でしかないんだ。
「わたしたちの世界がそんなのだなんて、納得いかないなあ」
「俺に言われても」
 こんな体験をすることになるなんて夢にも思わなかった。目の前にいるのはかわいらしい少女、だけどそれは本当のことじゃない。こんなことを言われるはずがなかったんだ。

 ここは架空の世界。エーテル歴なんて暦は無いし、魔王なんて倒すべき敵だという以外の設定は無いし、それでもってこの大地に生きる人々は一人残らず実在しない。唯一の例外は、現実世界から飛び込んできた俺だけだ。現実において、拡張現実や仮想現実というステージから更に進んだ人類は遂に大規模な仮想空間を瞬時に電脳空間上へと作り出すまでに至った。
 それにより生まれた新たな娯楽、その名も「Dive'in Fantasy」……それは、古今東西のあらゆる創作物の中に入り込み、その世界を体験するというものだった。どんな物語にでも入り込めるし、なりたい自分になれる。男性が魔法少女モノの世界に入り、魔法少女として世界に没入することだって可能だ。役割にだって縛りがない。主人公にもなれるし、主人公の新しい仲間として登場してもいい。脇役や敵になったっていいし、登場人物のポジションを指定すればその人物になりきることだってできる。
 この夢のような世界に、俺はすっかり嵌まり込んでしまった。色んな世界を体験し、様々な在り方を楽しむ。プロのスポーツ選手から特に目立つところのない一般人まで、人々を守る誉れ高い騎士から世界に絶望を振りまく悪しき魔神まで。色んな経験をしたけれど、やはり一番好きなのは勇者の物語だった。そうして、今日も勇者として世界を冒険し、苦難の末に魔王を打ち破ったんだ。仲間と喜びを分かち合うその感覚は何回味わっても感慨深いーーそんな時に、あの言葉だ。
「ところで……キミ、誰?」
 よく分からない冗談かと思いきや、他の仲間と分かれてから再び問い質される始末。キミって本当に勇者なの、とかキミってそもそもこの世界の住人なの、とかズバズバと聞かれ続けて、遂に有りのままを話してしまった。こんなことをして大丈夫なのかと思うけれど、その後も突然世界がバグるなんてことはなく、ただ彼女だけが変なままだった。

「それにしても、よく飽きないよね」
「何が?」
「勇者ごっこだよ」
 苦笑い。ごっこ、とは手厳しいなーーとはいえ、実際「ごっこ」でしかないんだから仕方ない。レナからすれば俺の在り方はあまりにも不思議なようだった。何度も同じことを繰り返して飽きないのか。そんなに勇者というのが好きなのか。そして、そんなにこの世界が楽しいか。
 答えは……飽きない、好き、楽しい。だって、現実とはあまりにも違う。文化も生物も建物も土地も、それ以外もだいたい違う。現実で自分が住んでいる町ですら全てを知り尽くせるわけじゃないのに、この世界にはまだたくさんの未知がある。何度も入ったけれど、違う道を通ればまた新しい発見がある。それが楽しくて仕方ない。他にもちょっと言えないような理由があるものの、とにかく楽しいんだ。どうせだからと思いの丈を全部吐ききってみる。理解はされないだろうけど、興が乗ったら止められない。何分話しただろう、あるいは何十分? 話終わる頃にはだいぶ汗をかいていた。えもしれない解放感。それと同時にちょっと落ち込む。いくらデータだからといって、女の子の前でこんな暑苦しく話し続けるのはどうだろう、と。現実では絶対やっちゃいけない反省点。レナも引いているだろう、そう思ったとき。
「それじゃあさ」
「ん?」
「わたしも、キミの世界に行ったら嵌まり込んじゃうかもね」
 そう言う彼女は、あまりにも眩しかった。

 夢から醒めて、現実へ。ああ、楽しい世界にずっとのめり込んでいたい。あんなに仲良くなったレナともっと話していたい。でも現実からは逃げられない。一抹の喪失感と共に布団に潜り込み、また一時の夢を見ようとして。気付けば時計が鳴り響き、渋々ながらも目を開く。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
 言葉を交わして、時間を見る。まだ朝早い、さあもう一眠り……そこで、気が付いた。
「え……お前、誰?」
 そこにいないはずの誰かに問いかける。何だか少し前に見たような、見知らぬ見慣れた誰かの姿。
「何それ、わたしの真似?」
 おそらくレナと名乗るであろう少女は、くすくすと笑う。
「ここが、キミの世界かあ」
 何も言えない俺に、彼女は優しく微笑みかける。何だかこれから、楽しくなりそうな気がしていた。


こういう話を書くのが好きです。
電波飛ばしすぎかもしれないけれど、個人サイトだし……いいよね?

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