戦乱の以前には、この大陸の中に数百以上の「国」があったという。しかし、その規模は街から村と言ったところであり、人口数千万などという大国は存在しなかったと言われている。
 さて、それらの国の名残である遺跡もまたこの大陸の各地に残っている。そこでは数々の宝が長き時の眠りについているのだ。トレジャーハンターは今日もまたそれを求め、遺跡の中へと足を踏み入れて行く……


 ブルーヘイムの近郊にも幾つかの遺跡が点在しているが、それらの多くは既に探索し尽くされた後であった。今となっては古文書に書かれた伝説とされる宝もその多くが記された場所には残っていない。その後のブルーヘイムは確実にトレジャーハンターの人口は減少している――街そのものは交易が盛んでありその勢いを失ってはいない。

「ここに伝説の剣が眠っているはずだ」
 ロアは目の前の遺跡をただ見据えていた。苔に覆われたそれは、自然を穿つが如くその存在感を示している。

 『凪の遺跡』。かつて風を操るとされた一族を長とする部族が暮らしたとされる文明の名残。その一族が嵐を止める儀式に用いたとされる物が、今回のターゲットである剣……古文書に残る名は『デア・ニネミア』。
 が、アテルは明らかに今回の探索に乗り気では無いようだった。彼はロアの隣で冷めた目で同じ物を見る。
「ここってもう内部の地図が出回るくらい調べ尽くされているらしいけど」
 そう、この遺跡は過去に数多の人々に調べ尽くされ、挙句の果てには遺跡体験ツアーなどという観光事業にまで利用されているほどであった。そんな所にそのデアなんとかという剣は残っていないだろう、アテルは言う。しかしロアは首を横に振り、断言した。
「ある」
 と。そのあまりの自信に押されて来てしまったが、遺跡の外壁に多くの落書きがあるのを目にするとやはり無いのではないかという印象を受けた。
「行くぞ、アテル。俺はそろそろ新しい剣が欲しいんだ」
「買えば?」
「金がかかるだろう」
 じゃあここに来るのはタダなのか――そう突っ込もうとも考えたが、それを気にする事も無くロアは遺跡の中へと足を踏み入れて行ってしまった。まあ、アテル自身もその問いは野暮だとは分かっていたが。
 夢と希望に満ち溢れていればそれでいい。


 遺跡の内部にも多くの植物が生い茂る。かつての人の文化が自然に覆われているその様は物事の終わりを垣間見させるような、そんな気がアテルには感じられた。
「未来になったら、ブルーヘイムもこうやって緑色になるのかな。グリーンヘイムになるのかな」
「植物は青々と茂るらしい。つまりブルーヘイムはブルーヘイムだ」
 ああそうかと手を打つも、よく考えればその街の周囲に森は無かった。そうなると、この遺跡とは大分状況が変わるだろう。そうやって色々な考え事をしていると、いつの間にかアテルとロアは棺のある部屋に入っていた。
「族長の棺、か」
 床にしっかりと固定されたその棺は、二、三人は入っても問題が無いであろう程の大きさでもって二人を出迎えた。ロアは躊躇いも無くその棺の蓋をずらす。
 うわ、とアテルは声を上げるがそれを意には解さない。それどころか、その中身をしげしげと眺め始めた。
「遺骨が入ってるのか?」
「いや、何も入っていない」
「何も?」
 アテルも覚悟の後にそっと棺の中を覗いてみるが、確かにその中には骨一本残っていなかった。
「もしかして、骨も誰かが持ってった?」
「そうだな、呪術の媒体として古くの権力者の骨は重宝されるらしい。王族の遺体を数億単位で取引する裏組織もあるとか」
「ちょっと、それは……酷い話だな」
「墓荒らしが言える立場でも無いだろう?」
 おそらく最大級の悪い言い方だが、事実と言えば事実だった。時には忌むべき他人も自分と同じ、とはいえそう言われた所でやめる気は無かったのだが、ただ一つ、言い方を変えるだけでも随分と印象が変わる物だった。アテルは口を閉じると天井を見上げてみた。

 ロアはなおも棺の中を観察し続ける。一方でアテルは疲れた足を癒やすように座り込み、その光景をただじっと見ていた。伝説の剣、実際にあるというのならば命以外の多くの犠牲を払ってでも手に入れたいものではある。しかし、それと無駄な時間を過ごす事とは違う。時の浪費は命の浪費であると。
 ぼんやりしつつ、彼はこの遺跡に来た理由を改めて考え出す。

 

 ロアがこの地の探索を考えたのは刹那の出来事だった。それはすぐに仲間の目の前にもやってきた。
「この遺跡へ行くぞ」
 その言葉の後、しばらく部屋の中は静まり返っていた。クルクスは少し目を向けていたが、すぐに目の前のフライパンに意識を戻してしまっていた。そのため、アテルが必然的に理由を問うた。
 そしてその理由は知っての通り、伝説の剣があると言う話だった。デアなんとかという、嵐を止めるのに使われた神器。それを手に入れると語るロアに、もう無いだろうという声は聞き入られなかった。
「発見されていれば一度くらいは話題になったはずさ」
「いや、現代以前に発見されたっていう可能性とか……」
「語ればキリが無い」
 議論の放棄。ちらとクルクスに再度目をやるが、彼女はくすくすと二人を見て笑っているばかりであった。羽がパタパタしている。そよ風が心地よい――いや、風より言葉の一つでも送ってほしかったものなのだが。
「さあ、行くぞ?」
 そして、今から行くという。マジか、と言う間もなく、そうこの時も言葉返す間もなく、手早くロアは準備をし始めた。溜息を堪えられないが、アテル自身も流されるように出る準備を始めてしまう。場の状況が染みついていたのだろうか。
 そして腹を満たした後にまだ夜の明けない中、二人は出発した。もう一人残る文字通りの天使は笑顔で手を振って見送ってくれた。
「いくら何でもいきなり過ぎるって。やっぱり」
「俺だって持ちたいのさ、伝説の武器とやら」
 子どものような憧れを持ち続けている。いや、そうでなければトレジャーハンターなどしないのだろうか。お前のようにな、と続く言葉を受け流す――使えればいいけれど。
 やはりあの時全力を尽くして止めておけばよかっただろうか。そんな思いが頻繁に浮かぶ。



 しかし、心のどこかでは今の状況を楽しんでいた。それは、若干の未知の可能性。
「ロア、そろそろ」
「来い。地下がある」
 え、と声を上げる間もなくロアは棺の中に入り込んでしまった。タンッ、と言う音が聞こえると、部屋は沈黙に包まれ、後にはアテルが一人残る――理解は出来ずとも、彼は棺を覗き込む。しかしその底は見えず、遺骨の代わりに深淵が横たわっている。それは冥界への入り口か? いや、途端にアテルは呼ばれた気がした。死では無い、この先の未知へと。
 ただ一つの光景が冷めきった心をマグマを流し込むかのように奮わせる。

 そして彼は飛び込んだ。



  *



 アテルとロアが発ってから二日経過している。クルクスは今頃遺跡を調べているであろう二人の無事を祈りつつも、朝のまどろみに逆らえず二度寝に突入するところであった。
 そんな時、扉が叩かれた。
「んん……はーい、どちらさまでしょうか……?」
 扉を開けると、一人の長身の女性が現れた。
「ロアという男に会いに来たのだけれど」
 その目が前にいる自身ではなく虚空を見ているようで――ただ、何を言う事も無くそれをまた見ていた。

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